東京(とうきょう) 固有名

30/07/2015 18:29

→「とうきょう(東京)

用例

[発表年順]
 越後三条生れなり兼ねたり伯父春庵とて医師なりよりは伯父愛せられて幼きより手習学問こと皆な伯父世話なりし自ら言う異ななれど物覚えよく聞て二三知るほどなりしゆえ伯父なお入れてこのこそ穂垂という苗字知らせまたその生国としてこのをも挙るものなれとていよいよ珍重して教えられ逢えばその吹聴さるる嬉しき思いますます学問入れしゆえ神童言われ十三小学校助教なれり名誉伯父面目ためには三条町幅狭きようにてこのばかりか近郷褒め草ある県令学校巡廻あり講義聴かれて天晴慧しきかなこれまで巡廻せし学校生徒うち比べるなし校長語られたりこの洩れ聞きてさてはこの冠たるのみならず新潟県下第一俊傑なりしこの県下第一ならば全国英雄集まる東京出るとも第二流には落つまじ俄かに気強くなりて密かに我と握りて打笑みたりこの頃考えには学者政治家などという区別考えなく豪傑英雄というのみにはありしなりさりければなおさらに学問励み新たに来る教師には難問かけて閉口させにはにも伯父にも開かせぬなり十五新潟出て英学せし教師教うるところ低くして満足せず八大家文読み論語さえ講義天下経綸せんとするオメオメと持つ持つ風船乗ってしつつ廻るのと児戯に類する学ばんや東京出でばかかるあるまじ深淵あらねば潜れず東京出て我が才識研ぎ驚かすほど大功業建てる天下第一大学者ならん一詩のこして新潟学校去り在所かえりて伯父出京語りし伯父顰め、「東京にて勉学望むところなりしかしまだ早し卑近なりとて知り覚ゆるだけ方便なり二三新潟にて英学なしその上にて東京出でよ学問にはよらじ上磨きだけ東京にてせよ止められ屈して一年独学したれどはしる如き出京志し弱き手綱繋ぐべきにあらず十七なりし決して伯父乞いもし許されずは出奔せん覚悟様子それ悟りて左まで思わば出京せよ許可得たり
饗庭篁村良夜」1889、冒頭
  東京出で靜岡過ぎり、濱松經て而して既に名古屋至らば言語風俗頓に面目異にするものある見ん盖し以東東京感化及び以西大阪感化及ぶ實に我國西とに一大中心有して言語風俗劃然として二大系なす見る地圖とり來てとの國境線延長して我國東西兩大部分てば以東則ち東京を中心として屬し以西大阪を中心として屬す東京大阪とは東西して我國二大中心たるものたるなり而して風尚夐かに相異なれるもの見る東京政治たるが如く大阪商業なり東京文華中心にして大阪工業なり而して大阪京畿優柔うけて東京昔日東夷剽悍存す關八州任侠面影のこして人氣寛濶に短慮に淡白に憤易くしてまた脆ろし浪花より馴養せる財利敏ければ人氣侫諛巧みにして薄く憤易からざれどもまた乏し從て大阪實用尚ぶ東京華文喜ぶ故に世俗的なり如き彼等解するにあらず食倒れ明かに證するが如く物質的に心神滿足さす知るのみ文學榮ざるものもとよりなきによるなきに非ずと雖とも文學商業相容れずしてとして大阪人士文學解する能はざる由らずんばあらず故に吾人敢て大阪文學盛に興らざる咎めずと雖ども在る人士一種俗臭帶ぶる見る毎に顰蹙ずんばあらず概していへば大阪在る人士一種俗氣帶びて清楚瀟洒乏し盖し大阪人士實用尚び世俗的なる從て其の嗜好野卑に傾かざる能はず野卑なる嗜好投じて俗氣ある風俗寫さんとす俗土生れざるたらしむる俗氣帶びざる能はず南翠霞亭如何に俗了せられたる見よ而して俗氣芬々たる京阪生れたるもの來つて東京ありと雖ども上方贅六俗臭筆頭より滌ひ去ること能はず青軒仰天一種いやみある見よ上方贅六由來文學解し得るものに非ずいやみありダレ氣味あり銅臭あり俗氣あり氣魄なく活氣なく優柔媚嫵にして婦女的なるもの上方文學特徴なす吾人寧ろ如き文學厭ふ
田岡嶺雲東京大阪冒頭(「嶺雲揺曳」1899))
 お庄《しょう》の一家東京移住したとき、お庄はやっと十一であった
徳田秋声「足迹」1910、冒頭
 去年小林秀雄水道橋プラットホームから墜落して不思議な助かつたといふきいた泥酔して一升ビンぶらさげて酒ビンと一緒に墜落したこのきいた心細くなつたものだそれ小林といふ人物煮ても焼いても食へないやうな骨つぽいそしてチミツな人物心得あのだけ自動車ハネ飛ばされたり落つこつたりするやうなことないだらう思ひこんでゐたからそれといふ人間自動車ハネ飛ばされたり落つこつたりしすぎるからのアコガレ的な盲信でもあつた思へば然しかう盲信したのは甚しい軽率で自身過去事実に於いて最もかく信ずべからざる根拠与へられてゐたのである
 十六七こと越後親戚仏事ありモーニング着て東京でた上野駅偶然小林秀雄一緒なつた新潟高校講演行くところ二人上越線食堂車のりこみ下車する越後川口といふ小駅までのみつゞけたやうに弱いには食堂車ぐらゐ快適なないので常に身体ゆれてゐるから消化してもたれることなく気持よく酔ふことができる酔つた小林酔つた小林仏頂面似合はず本心やさしい親切なから下車するくるあゝ持つてやると云つて荷物ぶらさげて先に立つて歩いたそこで小林ドッコイショ踏段おいた荷物ありがたうぶらさげて下りて別れたのである山間小駅さすがに人間乗つたり降りたりしないところと思つて感心した第一駅員ゐやしない人ッ子一人ゐないこれ徹底的にカンサンなあるもの人間乗つたり降りたりしないものだからホーム何尺ありやしない背中すぐ貨物列車あるそのうち小林乗つた汽車通りすぎてしまふ汽車なくなつた向ふ側よりも一段高いホンモノプラットホーム現はれた人間だつてたくさんウロウロしてゐらああのとき呆れたプラットホーム反対側降りたわけではないので小林秀雄下ろしたのである
坂口安吾教祖文学」1947、冒頭
鶴見俊輔戦後日本大衆文化:1845~1980年」1984)
「東京(とうきょう)」用例(1994)
[発表年未詳・筆者生年順]
 昨日所謂彼岸中日でした吾々やうに田舎住むもの生活これから始まるといふです東京市中離れた此の武蔵野最中住んで居るから今日片寄せてある取り出してこの楽しむ為に根分しようとして居るところです実は久しいこと作つて居るのであるが二三年間思ふあつてわざと手入れしないで投げやりに作つて見た一体と云ふもの栽培法調べて見る或は菊作り秘伝書とか植木屋口伝とかいふものいろ/\とあつてなか/\面倒なものですこれほど面倒なものとすれば到底素人には作れないと思ふほどやかましいものですそして色々な秘訣守らなければ存分に立派な作られないといふことなつて居るところが昨年一昨年あらゆる菊作り法則無視して作つて見たたとへば早く根分けすること植ゑるには濃厚な肥料包含せしめなければならぬことなるべく大きなもの用ゐること五月七月九月摘まなければならぬこと日当りよくすること毎日一回乃至数回与へなければならぬことなつて肥料追加雑草除くことなどまだ/\いろ/\心得あるにも拘らず二三まるでやらなかつた根分やらず小さい植ゑた儘で取り替へせず摘まず勿論途絶え勝であつた云はゞあらゆる虐待薄遇とを与へたのだそれでもなるらしくそれ/″\出て綺麗な相当に優しい見せてくれたそれで考へて見れば栽培といつても絶対的に必須なものでもないらしい手入れすれば勿論よろしいしかし手入れ無くとも咲く植木屋などよく文人作りなどつけて売つて居るのはなどから見ればいつも少し出来過ぎて居てかへつて面白くない咲いた天然美しさより多く惹かれぬでもない