として 連語

01/10/2017 19:44

1.
連語
2.から。
一語の助詞のように用いられる。1.格助詞2.接続助詞3.副助詞などとする説もある。]
1-1.
資格・立場などを表す。...の資格で。...の立場で。в качеството на; като
代理/代表として出席するпристъства в качеството на заместник/ представител 公人/私人/個人として発言する 子のことを思って言うのは親として当然だ 人間として恥ずべき行為だ
1-2.
それまでの話の内容をひとまず保留して、別の話題に移る表す。показва, че човек приключва или временно оставя настрана досегашната тема на разговор и преминава към нова
それはそれとして、本題に戻ると。Това настрана, връщайки се на основната тема...  仕事の話はいいとして、体の具合はどうだい。Остави сега за работата, как си със здравето. 詳細はあとで検討することとして、審議を続行してください
1-3.
[下に打ち消しのを伴って。]
...の例外もなく全部、のような表す。「」を強めた言い方にあたる。(придружено с дума, изразяваща отрицателно значение) всички/ всичко, без изключение
一人として発言する者はいなかった。Нямаше нито един, който да се изкаже. この年齢の子は一時として目が離せない。С децата на тази възраст човек не може и миг дори да оттдели поглед от тях. 一日として心の安まる日はない。Нямам нито ден покой.
1-4.
...で。
2.
文語形容動詞タリ活用連用形活用語尾 サ変動詞」の連用形」+接続助詞
3.
格助詞」+サ変動詞」の連用形」+接続助詞」。 
4.
助動詞たり」の連用形サ変動詞」の連用形」+接続助詞
→「
とする(と為る)

用例

1-1.
「として」1-1.用例
1-2.
大石慎三郎江戸時代」1977)
1-4
それがし一人としてたぶるもいかがでござるほどに
狂言口真似」)
2.
「として」2.用例
3.
神明の御計らひとして八道の謀叛の心も和らぎ
(「源平盛衰記鎌倉後期
[発表年順]
 
三十ほど日本人如何にして渡って来たという題目について所感発表したことがあるそれからこの方《かた》、航海問題常に念頭から離れなかったその一つ是非ともここ述べておきたいのは日本沖縄とを連ねる交通路ことであるでは沖縄行くのに概ね西海岸航路取っている古く東海岸としていたのではないかということ説いてみたいのである
柳田国男/柳田國男まえがき」『海上の道』1961、冒頭
 大宅感想四十一年度国民生活白書示された数字国民一人あたり実質所得十年くらべてなっているという高度経済成長さることながら中間層みられるもの世界中どのよりもズバ抜けて広い九〇パーセント達し上層中間層との階級格差きわめて低く教育教養費娯楽レジャー費日本人生活において異常に重要な地位占めるというような現象アメリカソ連中共などとはまたちがった何か世界史上新しい実験意味するものではないかということであった農村長い後進性から脱して中間層化農家ヵ月当たり現金所得平均都市勤労者ほとんど変わりないという総評傘下組合員子弟まで大学はいっているという数字あげられているわれわれこれ加えておよそ従前主権国家概念とは矛盾するような平和憲法世界さきがけて制定内外現実主義者からその危険警告されながらもあえてこれ守り抜いて人間歴史新しい国家在り方示そうとしてきた日本人激変ぶりをも世界史的な実験一つ数えねばなるまい広島長崎被爆体験無関係ではないにせよ八月十五負けっぷりその後情勢への適応仕方にもナチス・ドイツなどとは異質な民族知恵ようなもの感じられる
石田英一郎日本文化条件可能性――ある辺境文化特質」『日本文化構造』1972)
「として」3.用例(1984)
[発表年未詳・筆者生年順]
 昨日所謂彼岸中日でした吾々やうに田舎住むもの生活これから始まるといふです東京市中離れた此の武蔵野最中住んで居るから今日片寄せてある取り出してこの楽しむ為に根分しようとして居るところです実は久しいこと作つて居るのであるが二三年間思ふあつてわざと手入れしないで投げやりに作つて見た一体と云ふもの栽培法調べて見る或は菊作り秘伝書とか植木屋口伝とかいふものいろ/\とあつてなか/\面倒なものですこれほど面倒なものとすれば到底素人には作れないと思ふほどやかましいものですそして色々な秘訣守らなければ存分に立派な作られないといふことなつて居るところが昨年一昨年あらゆる菊作り法則無視して作つて見たたとへば早く根分けすること植ゑるには濃厚な肥料包含せしめなければならぬことなるべく大きなもの用ゐること五月七月九月摘まなければならぬこと日当りよくすること毎日一回乃至数回与へなければならぬことなつて肥料追加雑草除くことなどまだ/\いろ/\心得あるにも拘らず二三まるでやらなかつた根分やらず小さい植ゑた儘で取り替へせず摘まず勿論途絶え勝であつた云はゞあらゆる虐待薄遇とを与へたのだそれでもなるらしくそれ/″\出て綺麗な相当に優しい見せてくれたそれで考へて見れば栽培といつても絶対的に必須なものでもないらしい手入れすれば勿論よろしいしかし手入れ無くとも咲く植木屋などよく文人作りなどつけて売つて居るのはなどから見ればいつも少し出来過ぎて居てかへつて面白くない咲いた天然美しさより多く惹かれぬでもない
会津八一/會津八一(1881-1956)「根分しながら冒頭
 北浜事務所から突然拘引された
 
刑事部屋這入るそこには頭髪切った無表情な少女かたわら悄然と老衰した彼女坐っていたその周囲刑事たち取まいて中年過ぎた警部によって私たち取調べられた
 
戯れ絵ように儀礼的な刑事部屋あぐらかいた白毛まじった老警部言った
「――チタ子
から誘拐罪として告訴状提出しているのだがチタ子とはどんな関係なんだ。」
吉行エイスケ(1906-1940)「大阪万華鏡冒頭
4.

 
の如く近來和歌一向に振ひ不申正直に申し候へば萬葉以來實朝以來一向に振ひ不申實朝といふ三十にも足らでいざ是からといふにてあへなき最期遂げられ誠に殘念致しあの人をして十年活かして置いたならどんなに名歌澤山殘したかも知れ不申兎に角に第一流歌人強ち人丸赤人餘唾《よだ》舐《ねぶ》るでも無く固より貫之定家糟粕しやぶるでも無く自己本量ママ屹然として山嶽高き爭ひ日月競ふ實に畏るべく尊むべく覺えず膝を屈する思ひ有之古來凡庸評し來りし必ずなるべく北條憚りて韜晦せしさらずば大器晩成なりし覺え立つにて文學技藝達したらん人間としては下等居る通例なれども實朝全く例外相違無之何故申す實朝器用といふのでは無く力量あり見識あり威勢あり時流染まず世間媚びざる例の物數奇連中死に歌よみ公卿迚も同日には論じ難く人間として立派な見識ある人間ならでは實朝如きある詠みいでられまじく眞淵極めて實朝ほめたなれども眞淵ほめ方まだ足らぬやうに眞淵實朝妙味半面知りて半面知らざりし故に可有之
正岡子規歌よみに与ふる書」1898、冒頭
  儀式とどこおりなく済んだその間ただ一つ珍事出来したそれ阿部権兵衛殉死者遺族一人として席順によって妙解院殿位牌進んだとき焼香して退きしな《のきしな》脇差小柄抜き取って押し切って位牌供えたことであるこの詰めていたども不意出来事驚きあきれて茫然として見ていた、権兵衛何事ないように自若として五六退いたとき一人ようよう返って、「阿部殿待ちなされい呼びかけながら追いすがって押し止めた続いて二三立ちかかって、権兵衛別間連れてはいった
森鷗外阿部一族」1913)