「であった」1.用例(1910年代)

14/09/2014 19:37

→「であった1.

用例

お庄《しょう》の一家東京移住したとき、お庄はやっと十一であった
徳田秋声「足迹」1910、冒頭
「であった」用例(1913)
七十近い一しょ寂しい寺領奥の院自由に暮したそのときもう十七なっていた
好きであった奥庭覆うている新しい若葉湿った揺れる眺めながらよく小さい囲んだものであった暑い日中でも一緒坐っている茶釜澄んだ奥深い謹しみ深い鳴りようかえって涼しく爽やかに感じるであった
なれた手つき茶筅執る南蛮渡りという重いうつわもの静かにしかも細緻な顫《ふる》いをもってかなり力強く巧みに掻き立てるであったみるみるうちに濃い液体真砂子《まさご》ような最微な純白な泡沫となってしかも軽いところない適度重さ湛えて芳醇な高い気品こめた香気どもあたま沁み込ませるであった
そのころ習慣なったせいあったその濃い重い液体静かに愛服するというまでではなかった妙ににがみ甘さ交わったこの飲料好きであったじっとうえ置くようにして味ういつも言うように何となく落ちついたもの精神加わってゆくようになっていつも鎮まるであった
お前なかなかお茶飲みかた上手くなったいつの間に覚えたのか……」など言ったりした
いつの間にか覚えてしまったんですいつもあなた服んでいる見るひとりでに解ってくるじゃありませんか。」
それそうじゃ何んでも覚えて置く方がいい。」
室生犀星性に眼覚める頃1919冒頭