わたしたち(私達)

30/07/2015 10:36

わたし(私)」+接尾語たち。]
一人称わたし(私)の複数。「わたくしたち」よりややくだけた言い方。
私たちは学生です。

あたしたち(私達)

用例

[発表年順]
私們《わたしたち》のような婆連《ばあたれ》の
小栗風葉「恋慕ながし」1898)
  ということばいつから人間社会発生したものでしょうという言葉もつようになった時期人類ともかく一つ飛躍とげたと思いますなぜなら人間ほか生きもの感覚によって行動してもという言葉表象によってまとめられた観念もっていませんから
  
更にそのという言葉人間同士思いちがいだましあい媒介物となったのはいつからでしょうそしてという近代偽善自己欺瞞シムボルようになったのはいつ時代からでしょうか三文文士この幼稚な読者ごまかし説教壇からこの叫んで戦争煽動最も軽薄な愛人たち彼等さまざまなモメント囁いて一人一人だましています
  
というこんなきたならしい扱いうけていていいでしょうか
  
という言葉もったとき人間悲劇はじまりました人類愛というやかましく叫ばれるときほど飢え寒さ人情刻薄ひどく階級対立鋭く非条理横行します
  
わたし愛しますですからこのドロドロなか溺れている人間すくい出したいと思います
  
どうしたらそれ可能でしょうかわたし方法という観念あっちから扱う方法です人間らしくないすべて事情人間らしくないすべて理窟すべて欺瞞憎みますという感情真実わたしたち働いているときどうして漫画ように肥った両手あわせてつき存在しない何か向って上眼つかっていられましょうこの社会にあっては条理あわないことないようにしてゆくこと憎むべきもの凜然として憎むことそのなくてどこ支えもつでしょうか
  
とか幸福とかいつも人間この社会矛盾生きながら渇望している感覚によって私たちわれわが身だましてゆくことはっきり拒絶したいと思います聖らかであるならそれ純潔な怒り憎悪適切な行動支えられたときだけですそして現代常識として忘れてならぬ一つことにも階級性あるという無愛想な真実です
宮本百合子」1948、冒頭
(つげ義春「ゲンセンカン主人」1968)
 連続性感覚変化ということについて私たち形見というものについて日本人感覚変化挙げることができます形見という場合それ属するものではなくむしろ着物かかわること多いのです日本民間宗教研究者高取正男よります日本だれか亡くなった記念もらったこと表わす形見という言葉そこ見えないものこのもの通して見る見るということからきているそうです形見持っているということはいま死んでしまったある見えないこのもの頼りとして見る広く日本社会あるということ前提します日本文化にとってこのような能力とても長い期間あったのですがそれ六〇年代以来くらし方変動とともに実に速く衰えています
鶴見俊輔戦後日本大衆文化:1845~1980年」1984)
  サクラウメなど成長抑える休眠物質作りますそれ花芽たまる落ち花芽休眠という期間入りますこの期間花芽成長しません休眠から目覚めるには一定低温期間経験すること必要です。「一定低温期間とはどれくらいというそれによって違うことわかっています例えばサクラソメイヨシノでは5前後気温900時間必要だされていますそして休眠から目覚める成長抑えていた休眠物質減り始めますそれなくなる成長再開なって一日平均気温1213なる開花するのです
(記事、2012、冒頭
[発表年未詳・筆者生年順]